『あ、ロナルドくんだ』
「ヌヌヌヌヌン」
買い物の帰りに見つけた見慣れた背中。
少し距離は離れていたが、夜目がきくのと身にまとっている赤ですぐに分かる。
『パトロールかな。今日は何にも起きてなさそうだし』
「ヌン」
『行ってみる?』
「ヌン!」
嬉しそうにうなづいたジョンを抱いたまま、少しだけ小走りで近づく。
『ロナルドくん』
「ん?…なんだ、ドラ公かよ」
『今日はいつもより静かな夜みたいじゃないか』
「まぁな。とはいっても、さっきデカい蚊でたけど」
『ああ、だからそれ持ってるのか』
ロナルドくんの手には、吸血鬼たたきが握られている。大体のポンチどもにはジャケットの中の銃が使われることはなく、大抵がこの吸血鬼たたきと拳でなんとかなってしまうのだ。
「買い物終わったのか?」
『ああ、一応。もうちょっと買いたかったんだがこれ以上は持てん』
卵と少しの野菜が入ったエコバッグを見せると、ふは、と笑われる。
「ザコ砂すぎんだろ、お前」
『うるっさいわ。明日は米買うんだから君付き合えよ』
「あ、俺明日出かけるぜ」
『え、そうなの?』
「今日昼に依頼あった。隣の県だから終電か始発で帰って来れるとは思うけど」
『そうか…となると、どうするかな…』
ロナルドくんがいないとなると、米が買えない。ネットスーパーで頼むのも考えたが何気に少し高くつくし、欲しい銘柄がない場合があるから困った。
どうしたものかと悩んでいると、ロナルドくんの電話が鳴る。
「はい。ロナルド。あぁ、ショットか……うん、うん…そっか、それなら良かった。…あぁ、…了解。あ、明日は俺出かけるから…うん、そうさっき言ったやつ……あぁ、じゃあよろしくな」
電話の相手はショットさんか。通話を切ったロナルドくんは、吸血鬼たたきをジャケットの中のポケットにおさめると、スマホをパンツの後ろポケットに突っ込んでからこちらをみる。
「必要なのは、米?他には?」
『え?あ、米と、常備野菜作りたいからキャベツとかの野菜とお醤油切れそうだったから調味料とか、いろいろ』
「ん、了解。んじゃいくか」
ひょいと私の手からエコバッグを奪い、歩き出す。
『へ?ちょ、まって、ロナルドくん』
「米は最後でいいよな?」
『それはいいけど、ロナルドくん?』
「あ、もしかして明日特売とかか?」
『違うけど、ねえ、ロナルドくん』
「なんだよ」
小走りで追いかけつつジャケットを引っ張ると、足を止めてくれた。
『仕事は?』
「もう今日はいいってさ。なんかあったら呼び出されるけど」
『そう、なんだ』
さっきのショットさんからの電話はそれだったのかと思う。
「明日は買い物いけねぇからな。今日行けばいいだろ」
『まあ。それは、うん』
「んじゃいくぞ。どこ行くんだ」
くるりと背を向けたロナルドくんは、また歩き出す。
今度は私が小走りにならない歩幅で。
ジョンを抱いたまま、その隣を歩く。
「あー、腹減った」
『君、燃費悪すぎじゃないか?出ていく前に食べただろうが』
「いいだろ、別に。帰ったら何か作ってくれよ」
『何が食べたいんだ?』
どうせまた唐揚げとか言い出すのだろうか。そういや、揚げ物の油もそろそろ交換しないといけなかったなと考える。
「お前の飯美味いからなんでもいいよ」
あぁほんと。そういうところだぞ、若造。
冷蔵庫の中を思い出しつつ、メニューを考える。確か冷凍庫に先日作ったコンソメスープのアイスキューブがあったな。それと中途半端に余ったハンバーグのタネ。
『ふわとろオムライスのハンバーグのせと、ロコモコ丼のどっちがいい?』
「ロコ…?なんだそれ?」
『作ったことなかったか?よし、じゃあロコモコ丼だ!』
「だからなんだよ、そのロコなんとかって!」
『あ、それ卵入ってるから振り回すなよ』
「まじか」
一度振り上げた右手を静かに下ろす素直さは、ロナルドくんの良いところであり悪いところだ。チョロルドめ。まあ本当に卵入ってるけれども。
「おら、いくぞ」
今度はエコバッグをできるだけ揺らさないようになのか、さっきより少しだけ歩幅を狭くしてロナルドくんが歩き出す。隣に追いつくのに、今度は小走りにならなくて済んだ。
見つけたから声をかけただけなのに。
なんとなく楽しくなって、抱きしめたジョンと笑った。
冬が近づいてきた季節の夜は、少し楽しい。