変わったこと

仕事を終えて、いつもみたいに事務所の扉を開ける。
「ただいま、メビ」
ビッ、と嬉しそうな声を上げるメビヤツを撫でて、帽子を預けると仕事着を脱ぎながら住居への扉を開けた。
「ただいま」
「お、帰ってきたか若造。おかえり」
「ヌヌヌヌー!」
「ジョーン!ただいまーー!今日もかわいいねー!!」
ブーツを脱いで近づいてきたジョンを抱き上げたら、美味しそうな匂いが鼻をくすぐった。ジョンの腹毛を触りつつキッチンに近づくと、フライパンに蓋がされていてそこから匂っているように思えた。
「はらへった」
「いつもいつも同じセリフいいおってからに。今日はジョンのリクエストで煮込みハンバーグだ」
「ハンバーグ!やった!」
「ポテトサラダとオニオンスープ、デザートはレアチーズケーキだ。ゴリラ臭すごいからさっさと風呂入ってこい」
「殺します」
「ファーーーーーーーーーー!砂まみれのハンバーグ食いたいのか暴力ゴリラめ!」
「あ、それはやだ。風呂入ってくるわ」
「そうしてくれたまえ。上がってきたら食べられるようにしておいてやる」
「おー」
ジョンをキッチンカウンターに置いて風呂へと足を向ける。そういやシャンプーが昨日切れかけてたかと思い出し、洗面台の下から詰め替えを引っ張り出すと先に扉を開けた。が、ボトルの中はちゃんと液体が詰まっていた。
「…あー、入れてくれたのか…?」
最近自分で詰め替えしてないな、と改めて思う。
詰め替えを洗面台の下に戻すと、「おい、若造」と廊下から声がした。
「なんだよ」
「ヒナイチくんから入浴剤をもらったから、入れたければいれておけ。2つほど風呂の中に入れてあるから」
「入浴剤?」
「そうだ。ハンバーグ焼き終わるまで出てくるなよ。ゴリラの水浴びじゃ君の臭さはとれんからなぁ」
「あとで絶対に殺します」
ぐっと拳を握りつつ、服を脱いで風呂に入る。見ると確かに浴槽の横に入浴剤の小袋がふたつ置いてあった。
「牛乳、と、ラベンダー…」
どちらにするかと考えたけど、牛乳ってどんな匂いするんだ?と興味がわいてそちらを選択。袋を開けて中身を浴槽に入れた後ばちゃばちゃとかき回した。
少しだけ風呂の中に甘い匂いがたちこめる。
牛乳か?とは思ったが、まあ気にしないことにした。

風呂から上がって、タオルだけ頭に乗せたままキッチンに近づくと「だから髪をかわかせ!5歳児!」とドラ公に怒鳴られた。そのままソファに座れと言われて、めんどくせぇなと思いながらもガシガシとタオルで髪の水分をとりつつ座る。
「わー!やめろ!ゴリラパワーでそんなに強く擦ったら髪が痛むだろう!」
「うっせーな!俺の髪なんだからいいだろ」
「君の取り柄はその見た目なんだから、せめてそこだけはちゃんと管理しろ」
ぶつぶついいつつ、ドライヤーで俺の髪を乾かす。面倒ならしなきゃいいのに、と思いつつ膝に乗ってきたジョンを撫でまくっていた。温風と髪を梳かれる感覚に、温まった体がさらにポカポカしてくる。入浴剤の効果かな、これ。
「ほら、終わりだ。夕食は食べられるからさっさとこっちに座れ」
「ハンバーグ!」
ダイニングテーブルにすわり、目の前に出される美味そうなものの数々に少しだけワクワクした。
「いただきます」
「どうぞ。…こら、ジョンはさっき食べたでしょ」
「ヌー…」
「また明日ローカロリーなパンケーキつくってあげるから」
「ヌン!」
ハンバーグを口に運びつつ、目の前でいつもみたくイチャイチャしはじめるドラ公とジョンをじっとみつめていると、パチリとドラ公と目が合った。
「なにかね?美味しくなかった?」
「いや、なんでもねえし、強いハンバーグは美味い」
「強いハンバーグ…相変わらず語彙力が5歳児だねえ。もうちょっと語彙を身につけなさいよ。まあ君にはむりだろうけどー」
「まじであとで殺すからな」
「殺害予告やめたまえ。まあでも、君がそうやって美味しそうに食べるのを見るのはいい気分だよね」
そう言って頬杖をつきつつ笑うドラ公をみて。
ぽかぽかする身体が、さらにぽかぽかする気がした。

煙草を買わなくなった。
ライターをどこにしまったか忘れてしまった。
電気代が高くなった。
家で部屋の電気をつけることが多くなった。
風呂にお湯をためるようになった。
シャワーだけで済ませる日はほとんどなくなった。
ソファベッドの背を倒すようになった。
「ただいま」を言うようになった。
「おかえり」と返ってくるようになった。
毎日飯を食うようになった。
毎日飯が用意されているようになった。
食べられればいいと思ってた。
うまい、のが嬉しいと思うようになった。

アイツが来てから、変わったこと。