こっち見ろよ

「私は吸血鬼【好きな人の目の色がいつもと違う色に見える】!!」
「意味わからんポンチ出たーーー!!!!!」

今日も新横浜の夜は吸血鬼と退治人と吸対の叫び声に染まっていた。

「おーい。ロナルドー。VRC呼んだから帰っていいぞー。あとやっとくわ」
ポンチ吸血鬼と何故か一緒に大量発生した下等吸血鬼(デカい蚊)の群れ。拳と吸血鬼たたきを駆使しつつ、ギルドのメンツとなんとか退治したロナルドはぐったりと道路に座り込んでいた。
ショットの声に顔を上げると、手に持っていた吸血鬼タタキをしまう。
「あー…平気平気。俺も残るよ。ショットも疲れてるだろ」
「どうせ俺VRC行かないといけないから。多分さっきの奴の光浴びたんだよな」
ロナルドの隣にしゃがみこんだショットは、面倒臭いと言わんばかりの表情を浮かべた。
先程の意味わからんポンチ吸血鬼は、Y談おじさんと同じで持っていた懐中電灯の光に当たると催眠にかかるタイプだったらしい。
ロナルドは上手く避けられたが、確かに何人か光に当たったような記憶がある。
「大丈夫か?」
「今んところはなんともない。まあ相手限定だろ、あれ。なら大丈夫だと思うけど」
「そっか…なら悪いけど頼んだ。…と、クソ砂どこいったか知らねえ?」
「ドラルク?さっきサテツと一緒にいたけど」
きょろりと周りを見回すも、ガリガリクソ砂おじさんと可愛い〇の姿が見えない。今日は一緒に来たはずなのに。
「あ、ロナルド、いたいた」
立ち上がり、帽子についたホコリを払うと後ろからサテツの声がして振り返った。
「お、サテツ。…と、ジョン?あれ、ドラ公は?」
サテツの腕に抱かれたジョンの姿に、ロナルドは目を瞬かせると「おいで」と手を伸ばす。飛びつくようにロナルドの腕に抱かれたジョンは「ヌヌヌヌヌン」とロナルドを呼ぶ。
「ヌヌヌヌヌヌ、ヌヌヌ、ヌヌヌっヌ」
「んー…と、ドラ公先に帰るって言ったのか?」
「ヌン」
「ジョン置いて?」
「ヌヌヌヌヌンヌ、ヌヌヌヌッヌ、ヌヌヌヌ」
「俺に伝えてって?ふーん、まあ帰ったならいいけど。じゃあ帰りにヴァミマでお菓子買うか、ジョン」
「ヌーン!!」
バンザーイ、と両手を上げて喜ぶジョンを肩に乗せる。
「サテツは大丈夫なのか?」
「俺は大丈夫だけど、デカい蚊の数多いから手伝ってから帰るよ」
「そっか。じゃあよろしくな」
「おー、じゃあな」
「バイバイ、ジョンくん」
ここは二人に任せることにして、ロナルドはジョンを肩に乗せたまま少しだけ早足で帰路に着く。
ドラルクが先に帰ってしまうことはたまにある。飽きた、疲れた、面白くなくなった。理由は色々だが、珍しいことではなかった。先に帰ったということは、恐らく夜食と風呂の準備はしてくれているだろう。出かける前に大きな鍋に何かを煮込んでいたのを見た。
「ジョンー、今日の飯なんだろなー」
「ヌヌー?」
「カレー?あの鍋カレーかなぁ?」
「ヌヌー?」
「シチューでもいいなぁ」
ぐうとなる腹に、はらへったー、と笑いながらひとまずヴァミマへと向かった。

『あ、また何か買ってきたな、ゴリ造め』
事務所のメビヤツに帽子を渡し、玄関をあけてただいまと一言。返ってきたのは目ざとくコンビニの袋を見つけたドラルクの不満そうな声だった。
「買い食いはしてないぜ」
『買い食いしてたら食事抜きだわ』
「ならセーフだよなー、ジョンー」
「ヌー!」
『どうせアイスかお菓子だろう。前者ならデザートに使ってやる。後者ならジョンはデザートなしだからね』
「ヌァーーーー!!」
悲痛な叫びを上げるジョンに苦笑いしながら、ロナルドはキッチンカウンターにコンビニの袋を置いた。
「アイスだからデザートに使うか?あと、牛乳。朝飲んだから」
『どうせなら特選牛乳買ってきたまえ。とりあえず手を洗ってこい』
袋を寄越せとドラルクが手を伸ばすと、ロナルドはキッチンカウンター越しにコンビニ袋を差し出す。
しかしそれはドラルクの手に掴まれることはなく、ゴトン、と音を立ててシンクに落ちた。
「うぉっ?!何してんだよ、お前」
『…っ、!』
見ればドラルクは驚いた顔をしてロナルドの顔を見ている。左耳が僅かに砂になっている気がして、ロナルドは怪訝そうに眉を寄せた。
「どうかしたか?」
『なっ、んでもない!さっさと手を洗ってこい!』
ぱっと視線が外れ、シッシッと手で払われる様子に眉を寄せつつもコートを脱いで傍にあった椅子にかける。
先に洗面所に向かっていたジョンを追いかけ洗面台に向かうと、鏡に映った自分の顔を見てまた眉を寄せた。
「…なんともねぇよなぁ」
何か付いていたかと思ったが鏡に映る自分の顔には何も変化は無い。
手を洗ってダイニングに戻ると椅子にかけたコートはなかった。ドラルクがいつもみたいにハンガーにかけてクローゼット戻してくれたのだろう。
手際よく目の前に準備されていく食事。いつもみたいにジョンと共にそれを食べて、デザートも食べて。
しかし、いつもと違って今日はドラルクは目の前に座らず、ずっとキッチンにいるままだ。
何か怒らせるようなことしたか?と不安になるも心当たりはなく。デザートを食べていたジョンが、口元を汚しながら「ヌー」と鳴くと、ようやく向かいの椅子に座った。
『今日は食べ方が下手だね、ジョン』
細い指がジョンの口元を拭う。その様子をじっと見ていると、パチリと目が合った。
『…つ、…』
まただ。さっきと同じ顔。
ロナルドはデザートのアイス付きアップルパイを平らげてフォークを置くと、手を伸ばしてドラルクの手首を掴んだ。
「さっきからなんだよ、お前」
『なんでもないと言っただろう』
「なんでもねぇ顔じゃねぇからだよ」
『気のせいだ』
「んなわけあるか。耳、砂ってんぞ」
手首を掴まれたまま視線を逸らすドラルク。
いつもと違う様子に、ロナルドは違和感を感じつつ少しだけ声が強くなった。
「俺なんかしたか?」
『なんでもないって』
「あからさまに俺の顔見るの避けてんじゃねぇか」
『避けてない』
「嘘つくんじゃねぇよ。俺の顔に…」
言いかけて、ふと先程のショットとの会話を何故か思い出した。

『まあ相手限定だろ、あれ』

「……おい、ドラ公」
『なんだ』
「俺の目の色、何色に見えてる?」
『……君の目は、青だろう。昼間の空のような、青』
ドラルクの手首を掴む手の力を、ロナルドは少しだけ強くする。骨ばった細い指先が僅かに砂になった。
「じゃあ見ろよ。別に青なら見慣れてんだろ」
『なんで君と見つめ合わないといけないんだ』
「いいからみろよ」
ゆっくりと、ドラルクの視線がロナルドと合う。
その小さな黒目を、ロナルドは真っ直ぐに見つめた。

いつもの赤い瞳が、紫に見えた気がした。