俺たちの他には誰もいない電車の中。
ドアの前に立ち、真っ暗な外の景色をドラ公が眺めていた。
ドア近くの席に座り何となく外に視線を向けてみるも、俺には反射して映った自分の姿しか見えない。
「なんか見えるのか?」
『うん?…うん、まあ見えるぞ。私は夜目がきくから』
「何が見えるんだ?」
『うーん、山と川と、遠くの方に家』
「まあ、ここ田舎だからな」
『そうみたいだな…』
ドラ公は話しながらも外から目を離さない。
今日は隣の県からの依頼だった。日が落ちてから電車に乗って向かうといったら、ドラ公が突然『ついていくぞ!』と言い出した。
面倒だなと思いつつ、まあいいかと連れて行った。
結局下等吸血鬼の集まりだったので、駆除剤でさっさと終わらせて帰っている。
終電が近いこともあり、この車両には俺たち以外の人がいない。
「なあ、ドラ公」
『なんだ』
「なんで今日ついてきたんだ?」
『……なんで、って』
「別に面白くもない依頼だっただろ?」
『あー、うん、まあ』
「なんで?」
不思議だった。いつものシンヨコでのドタバタした依頼ではないのに、何でついてきたのか。しかも、ジョンを置いて。
ドラ公は視線は外から離さないまま、すこし口ごもる。
『べつに、まあ、いいじゃないか。私だってそんな気分の時もある』
「なんだよ、それ」
立ち上がってドラ公の隣に立った。反射したドアのガラスには俺しか映っていない。
「お前、こういうのも映らないんだな」
『鏡みたいなものだからな』
「ふーん……で?なんでついてきたんだ?」
『まだその質問続いてたのか?』
「お前が意味もなくジョン置いてまでついてくるわけねえだろ。なんか理由あるに決まってる」
『私は享楽主義の吸血鬼だぞ?なんか楽しいことないかなー的なそれでついてくる可能性もあるだろう』
「ちょっとわやわやじゃねえか。おら、吐け」
軽く足元を蹴ってやると、タイミングよく電車が揺れた。
『わっ?!』
「お、っと?!」
バランスを崩したドラ公がもたれかかってくるのを抱きとめた。砂にならなかったなと思いつつ、胸元に倒れ込んできたドラ公を見下ろすと、少しだけ耳が砂になっている。
「ドラ公?」
『………たまには、と、思ったんだ……』
ぽそり、と小さな声でつぶやく。
『たまには、君と二人で、でかけたいなって、…思ったんだ…君は基本的にシンヨコから出ないし…いつも、人が沢山そばにいるし…だから、たまには…』
二人きりになりたかったんだ、と。
俺のコートをぎゅうと掴んで、顔を隠すように胸元に押し当てて。
ドラ公は、小さく言った。
いつも自分勝手で、ワガママで、自分と使い魔のことだけを愛している様なコイツが。俺と二人きりになりたいがために、面白くもないと分かりきっている依頼について来た。
なんだよ、それ。
……かわいいって、思わないわけねえだろ。そんなの。
顔をあげないドラ公を、ゆるく抱きしめる。驚いたのか、びくりと肩が震えた。
がたん、と電車が揺れる。
「ドラ公」
『なんだね』
「……今すぐ抱きてぇ…」
『なっ?!電車だぞ?!』
「うん、だから、ちゅーだけさせろ」
『は?!』
「お前が可愛いこと言うのが悪い」
『ちょ、ロナ』
がたん、とまた揺れた電車のせいにして。
俺はドラ公に顔を近づけた。