冬支度

ヴァミマのレジ横で、昨日まではなかったおでんが売られていた。頼まれた買い物に追加して、大根二つ、ちくわ二つ、牛すじ二本、ウインナー二つ、まっしろなおばけみたいなはんぺんをひとつ買う。外に出ると日が暮れた直後の肌寒さが頬を撫でて、少し小走りになりながら事務所へと急いだ。
「ビビービビビビビービビビービビービービービービービ!」
「おう、ただいま。留守番ありがとうなメビ」
帽子越しに頭を撫でると玄関へと足を向ける。
「ただいま」
「ヌヌヌイヌヌーイ」
『おかえり。卵売ってたかね?』
「おう、やっぱりスーパー閉まってたからコンビニのだけどいいんだよな」
『閉店時間ギリギリだったからな…仕方ない…って、君また何か他にも買ったな?』
エコバッグを渡した俺の左手に握られたコンビニ袋を目ざとく見つけ、ドラ公が眉を顰める。
「うっせぇなぁ。おでん、あったからつい」
『おでん?!君、私が今夜食作ってるの分かってるのにおでん?!』
「あー!大丈夫だって!ちゃんと食えるし!」
『そういう問題じゃない!…全く…もう一品作ろうと思ったけどそれだと量が多いから、そのおでんもおかずにするからな。お皿に出して。どうせジョンの分もあるんだろう?』
「おう!」
「ヌッヌー!」
ドラ公が差し出した大きめの器を受け取り、おでんの中身をそこにあけた。ふわりと香るおでんつゆの匂いをジョンとともに嗅いでいるとその横にトントンと別の皿が置かれる。
『全く…すき焼きにおでんってどんな組み合わせだ』
「うまいじゃん、おでん」
『…言えばつくるが?』
「じゃあ今度作ってくれよ。寒くなってきたし、こういうの買いたくなるんだって」
買ってきた卵が入れられた器を手にして、軽く卵を溶きながら言えばドラ公は少し何かを考えたあと、卓上コンロのうえにすき焼きの鍋を置いた。ぐつぐつと煮えたそれは、思わず口の中にヨダレが溢れるくらい美味そうだった。
『はい、召し上がれ』
「いただきまーす!」
「イヌヌヌヌーヌ!」
肉をとって卵につけて頬張る。やっぱり美味い。昨日の夕方買い物に行ったスーパーで特売していたから、「すき焼き食いたい」って言ったらドラ公がリクエストに答えてくれた。割下?っていうんだっけ、これ。よくわかんねぇけど、やっぱりドラ公の作る飯は美味い。ムカつくけど。
『ねえ、ロナルドくん。外寒かった?』
「ん?まあな。もう10月だし、朝夕は冷えるよな」
『そっかぁ…』
「なんだよ?」
『んー?いや、もうそんな季節かと思ってね。美味しい?』
「美味い」
「ヌイヌイ!」
『ふふ、そっか。そろそろ鍋料理も増やしていこうかね』
即答した俺とジョンに、ドラ公は目を細めて笑った。


翌日。
パトロールに行くからついて来るかとドラ公に聞いてみたら、やりたいことがあるからと断られた。
まあ配信だのなんだのといつもついてくるわけじゃないしと思いつつ、サテツやショットたちとパトロールを済ませて何もなさそうなことを確認してから事務所に戻った。
事務所の扉を開けてメビヤツに挨拶しつつ帽子を預けてから、玄関を開けた。
「あれ?」
いつもならキッチンにいるはずのドラ公の姿がなくて、思わず部屋を見回す。
「キンデメ、ドラ公は?」
「同胞なら、数分前に向こうに行ったぞ」
横の水槽で泳いでいたキンデメの答えに廊下に続く扉を見れば、確かに中途半端に開いている。ブーツを脱いでコートと手袋ををソファに放り投げてから廊下に向かった。
風呂場か予備室かと見回せば、予備室から『ぎゃっ』という小さな悲鳴と『ヌァーッ』というジョンの叫びが聞こえて何事かと慌てて向かう。
「ジョン?!」
バタンと扉を開けると、底には平たいダンボールに潰された砂があった。間違いなくドラ公だ、これは。
「なにしてんだ、お前」
『あ!ロナルドくん?!おかえり!ちょっとこのダンボール退けてくれないかな?!』
ウゾウゾと動く砂からの救出要請に、ため息をひとつ吐き出してからダンボールに手をかける。めちゃくちゃ重いわけではないが、若干の重量。なんだこれと思いつつ砂の上からそれを退かすと、ドラ公がゆるゆると復活する。
『はー、助かった。褒めてあげようロナルドくん』
「うっせーわ。何してんだおまえ。つーかこれ何?」
『こたつ』
「は?」
『こたつ、出そうと思って。君昨日寒いっていってたから』
ドラ公の言葉に、片手で支えていたダンボールを見れば確かに去年買い直したこたつだった。去年までつかってたジョンがビンゴで当てたこたつは古くなってきたのもあって壊れたからって買い直したんだっけか。
『ジョンも寒さに弱いし、そろそろこたつだそうかなって思ったら潰されたんだよ』
「お前にこの重さ持てるわけねぇだろ。出してリビング持ってきゃいいのか?」
『頼むよ。その間に私はコインランドリー行ってくる。さっき布団持っていったからそろそろ乾燥までおわるだろうし』
「ばか。どうせお前のことだから取り出した瞬間に熱さで死ぬわ。ついてくから待ってろ。つか両手塞がるからドア開けてくれよ」
『うぐ…分かった…』
ダンボールからこたつの本体を取り出すと、天板に乗せて両手で抱える。ドラ公にドアをあけてもらってリビングまで運ぶと、ジョンが持ってきた説明書通りに組み立てた。
「うし、んじゃこたつ布団取りに行くか。ジョンは留守番しててくれるか?」
「ヌー!」
元気よく返事をしたジョンの頭を撫でて、とりあえずソファに置いていた仕事用のコートを羽織ってドラ公と共に事務所を出る。
帰ってくる時も思ったけど、昨日より少し更に寒い気がした。
「さっむ」
『だねぇ。秋だし』
「お前たちも寒いの?」
『私?うーん、まあ寒いけど多分君たちほどは感じないかなぁ』
「ジョンは南国育ちだっけ」
『そう。だからこうやって急に寒くなると大変なんだよね。昨日も寒くて私の棺桶入ってきてたから』
「そっか。ストーブとかあった方がいいのか?」
『エアコンで大丈夫じゃないかな。湯たんぽもあるし』
「あーあれあったかいよなぁ」
『君も好きだもんねぇ、湯たんぽ』
他愛ない会話をしながらコインランドリーへと向かい、乾燥まで終わった布団を取り出して事務所へと戻った。
ふわふわのこたつ布団をかけて完成させると、ひとまず風呂に入ってこいといわれて、ジョンと一緒に風呂にはいる。ジョンと交互に髪を乾かしてからリビングに戻ってくると、ふわりといい匂いがしてキッチンへと足を向けた。
「いい匂いする」
『ちゃんと髪乾かしたか?』
「乾かしたよ……あれ、おでんだ」
ドラ公の手元の大きな土鍋には、大根や卵や糸こんにゃく、ちょっと大きめのウインナーとかも入っている。いい匂いの元は、コンソメの匂いだった。
『ドラちゃん特製洋風おでんだ。昨日食べたとか文句言うなよ。味付け違うから大丈夫だと思うが』
「いわねぇわ。お前の飯に文句言ったことねぇだろうが」
『まあ、それはそう。はい、ついでに器持っていって。どうせならこたつで食べようか』
器を渡されて、少しそわっとしてしまった。
こたつでおでん。テーブルで食べるドラ公の飯はもちろん大好きだけど、こたつにおでんって、なんかちょっといつもと違ってて楽しく感じる。
こたつの天板にジョンと自分の分の器と箸とフォークを並べると、ドラ公が『ロナルドくん。お鍋持って行って』と言われて再びキッチンに戻る。ミトンを使って土鍋をこたつに運び、昨日も使った卓上コンロの上に乗せた。
『はい、ご飯だよ』
「いただきます!」
「イヌヌヌヌヌ!」
ぱちんと手を合わせてお玉で大根を取って半分に割ったあと、ジョンの器に半分をうつす。
あ、とまだ湯気のたつそれを頬張ると、コンソメの味がじゅわりと口の中に広がった。
昨日食べたコンビニのおでんも美味かったけど、やっぱりドラ公の飯も美味い。ムカつくけど。
『美味しい?』
「美味い」
「ヌイヌーイ!」
昨日と同じ会話。
即答で答えた俺とジョンに、ドラ公は昨日と同じ顔で笑って。
『衣替えもしないとね』
なんて、楽しそうに呟いた。