君は特別

『マスター、私ホットミルク、ジョンにはココアを頼むよ。ロナルドくんのツケで』
「マスター、俺とジョンにココア。クソ砂は水でもやっといて」
カウンターに座りながらロナルドによって砂にされるドラルク。そしてそれを見て「ヌー!」と泣くジョン。
いつからかギルドでよく見る光景になっていた。
『直ぐに殺すんじゃない!それしか出来んのか知能指数ゴリラ以下五歳児!私がいつもどれだけ君に食事や家事で手間かけてやっているかわからんのか!これくらい払え!』
「うるせえわ!いつもいつも人のツケでバカスカ飲みやがって!ご飯は美味いし家事も助かってますありがとうだけど、それとこれとは別じゃバーーーカ!」
ぎゃあぎゃあとカウンターで騒ぐ二人と、構わずにホットミルクを一つとココア二つを出すマスターの姿。テーブル席からそれを見ていたショットは、いつものその光景をぼんやりと見ていた。
「あいつら、かわらねーなー」
「ん?おう、そうだな」
ノンアルコールの入ったジョッキを手に、隣に座ったマリアの声に振り向き頷く。マリアはカウンターでいまだ騒いでいるにっぴきを少し眺めたあと、肩を竦めた。
「ロナルドも変わったよな」
「そうだな」
「元々人懐こい奴ではあったけど、なんつーかドラルクが来てから更に変わったっていうか……」
一度言葉を止めてジョッキに口をつけたマリアは、ショットを覗き込むように見たあと少しだけ声を潜めた。
「……なんか、あいつ、少し可愛くなってないか?」
その言葉にショットは僅かに目を丸くし、考えた。
見習い時期が同じだったこともあり、サテツ含めた三人でよく行動していた。確かにマリアの言う通り、ロナルドは元々人懐こいところはあった。素直で優しいやつだ、とはショットもすっと思っていた節はある。
「子供っぽい……ともちょっと違うけどよ。前はもう少しカッコつけてた感があった気がするんだよな」
「……あーそれは分かる。ロナルド様でいようとしてた節はあるな」
「だろ?だけどドラルクが来てから、よく騒ぐし、泣くし、感情がよく出るようになったっていうか」
「確かにな……でもそれは無理しなくなったって意味では俺は良かったと思うんだけどな」
「そうなんだけどよ……時々困るんだよな……」
「困る?」
マリアはジョッキの中身をぐいっと飲み干し、テーブルにドンとジョッキを置いた。
「あいつ、顔はいいだろ。だから、こう、あの顔で涙溜めて寄ってこられたりするとさ……こう、芽生えちまうっていうか」
「……それは恋愛的なそれか?」
「いや、……どっちかってーと、母性」
「ぼせい」
マリアの言葉を復唱し、ショットは一瞬ぽかんとするも「あー……」と唸るような声を上げた。
そして、クリームソーダをズズッと飲む。
「…………ちょっと、わかる気がする…」
「だろ……?」
年相応にしっかりした部分があるのは二人とも理解している。そして優しくて素直な部分はロナルドの良いところだ。二人ともそこが彼の好ましいところであるのも分かっている。ロナルドの悪いところと言えば、なんでも一人で抱え込んで助けを求めないところだったりするが、実は最近のところその部分も少なくなってきていることも、二人は分かっていた。
それに付け加えて、最近では無意識にギルドのメンバーにも今まで見せなかった部分を見せてくるようになっている。
「ウエーン!」とあの整った顔をくしゃくしゃにして、近寄ってこられた上に、これまた無意識にあの綺麗な顔と瞳を濡らして見つめられたりなんかしたら。
母性くらい目覚めたって、文句いわれないだろう。
「なんつーか、男の俺でも頭なでなでしたくなる……」
「だよな……最近俺それをしそうになって、ちょっと手を伸ばしかけたことがあった…」
「したのか?」
「なんとか耐えたし、ちょっとそれやったら色々やばい気がしてやめた」
「流石マリア……」
「あいつの髪、柔らかそうだしな……」
まあ意識的にやられていたら恐らくこんな気持ちにはならなかったし、ロナルドはそれが出来るほど器用な人間では無い、と二人は言葉にせずにお互い頷く。
「何話してんだ?二人とも」
瞬間、背後から聞こえた声にマリアとショットは僅かに肩を揺らした。
「よう、ロナルド。いや、こないだの大量スラミドロ面倒だったよなってマリアと話しててさ」
「おう、いつもより数多かったから大変だったなって」
「大量スラミドロ……あー、それ、俺いなかったときのやつか……」
ロナルドは一度首を傾げるも、頬をかいて眉を下げる。
「締め切り間に合わなくてメイデン入ってる間に大量のスラミドロ出て大変だったって聞いた……手伝えなくてごめんな……そもそもオレが最初から締め切り守ってたらメイデンなんか入ること無かったし……ごめんな……」
見るからにしょげてしまったロナルドの様子に、ショットは「あー……」と声を漏らすとバシンと背中を叩いた。
「うお?!」
「いいんだよ。気にすんな。俺もマリアも私用で来れないことだってあるんだから」
「そうだぜ。でもちゃんと原稿仕上がったんだろ。ならいいじゃねぇか!」
マリアは手を伸ばすと、ロナルドの髪をくしゃくしゃと撫でる。柔らかいそれに、マリアは少しだけ驚いた。
「お前、髪ふわふわだな」
「え?!そうか?」
「触り心地いい。もう一回いいか?」
「え、あ、うん?」
ロナルドが頷けば、マリアは改めてその髪を撫でる。ふわふわとしたくせ毛が心地いい。
撫でていると、近くにいたメドキたちも「なになに?」と集まってきた。近くで見ていただけのサテツも巻き込まれている。気づけば何故か集まった皆でロナルドの髪を撫でていて、ロナルドは困惑しつつも照れくさそうに赤くなって笑っていた。
そんな様子をカウンターで見ていたドラルクに、シーニャが近づいてきた。
「ふふ、かぁわいい」
『おや、シーニャさん。あなたはあちらに行かないので?』
「今はあの子たちがロナルドを可愛がってるからいいの」
『そうですか。あの子は愛されてますな、皆に』
ふふ、とどこか満足気に微笑むドラルクの様子に、シーニャは隣に座ってその顔を覗き込んだ。
『なんです?』
「ロナルドは、変わったわね」
『そうなんですか?』
「皆に優しくて、自己肯定感低いところは変わってないけど」
『そこは若造のいい所と悪いところですな』
「でも少し前まではロナ戦のイメージもあって、【ロナルド様】っぽいところがあったけど……今は凄く幸せそうに笑うようになった気がするわ」
『……今までも、あの子は幸せでしたよ。貴方たちみたいな仲間に囲まれて』
「あら、そう言って貰えるとうれしいわね。でも、なんて言うのかしら、素直になったわ。……あなたのおかげね、ドラルク」
もみくちゃにされているロナルドを見るシーニャの眼差しがどこか優しく見えて、ドラルクはホットミルクを飲み干すとマスターにカップを返して軽く目を伏せた。
『私は楽しいことが好きなだけです。このシンヨコで、若造が一番面白いですからね』
「そうねぇ。面白い子であることは確かよね。それでもって、すごく我慢強い子」
シーニャは少しだけ目を細めて昔を思い出すように。
足を組んで、もみくちゃにされているロナルドをじっと見つめると、ふふ、と再び笑った。
「ほんと、かわいい」
『……あれは、私のですから』
「あらぁ、怖い怖い。知ってるわよ。吸血鬼は執着が強いものね。でも安心して。私、今のロナルドには興味無いもの」
『興味無い?』
『だって、今のあの子が最高にかわいいんだもの。私は私の手で可愛く育てるのが好きなの』
うふ、と仮面越しにウインクされた雰囲気がして、ドラルクは思わず目をそらす。
「ドラ公」
不意に呼ばれて視線を向けると、もみくちゃにされて頭がボサボサになったロナルドがドラルクを見ていた。
『なんだね』
「飲み終わった?」
『ああ』
「じゃあ帰るぞ……って、もう撫でるのやめろって!」
髪に伸ばされる何本もの手を払いながら、ロナルドはドラルクに近づいてくる。気づけばシーニャも隣の席からいなくなっていた。
「もー、なんなんだよ、あいつら。もみくちゃにされた……」
『髪が鳥の巣みたいになっとるな。ほら、帽子かぶれ』
カウンターに置いてあった帽子を手渡すと、ポスンと柔らかな髪の上にそれが乗った。
「マスター、帰るけどなんかあったら連絡ください」
「はい。お気をつけて」
『失礼するよ、マスター』
「んじゃあな、俺事務所戻るけどなんかあったら連絡して」
先程まで集まって騒いでいた仲間にも挨拶をすると、ロナルドとドラルクとジョンは連れ立ってギルドを出ていった。
「……今日はなんもないといいな」
「まああっても連絡しねーけどな」
「そうだね」
「下等吸血鬼なら、試したい薬があるんだよなー」
ショット、マリア、サテツ、メドキはそれぞれがそう呟くと、二人が出ていったギルドの外を見やった。
事務所への道を歩きながら、ドラルクは横に並ぶロナルドの顔をじっと見つめる。流石に見すぎて気づいたか、ロナルドは「なんだよ」と唇を尖らせた。
『凄く髪を撫でられてたな、君』
「あ?あー、なんかマリアが触り心地気に入ったとかいって……そんなにふわふわか?」
『間違えて昨日私のシャンプー使ったうえに、濡れ鼠で出てきたから私が乾かしてあげたせいかな』
「あ、アレすっげえいい匂いした。でも乾かし方でそんなにかわるか?」
『変わるとも。よし、今日も乾かしてあげよう。なんなら特別に今日もシャンプー使わせてやろう』
「シャンプーは使わねえけど、乾かせ」
『お?なんだ?素直だな??撫でられまくって脳みそがシェイクされたか?』
「よし殺す」
ドゴッとロナルドの拳が命中し、ドラルクは道中で砂になった。ヌー!と鳴くジョンの横にロナルドはしゃがみこみ、先に復活したドラルクの手を掴むと指を絡めた。
『?!』
「……俺の髪、触るのはお前だけがいいなって、思った」
『へ?』
するり、と絡めた指を話してロナルドはジョンを抱いて立ち上がる。聞こえた言葉の意味が一瞬分からなくて、復活が遅れたドラルクを見下ろすと「置いてく」とさっさと歩き出してしまった。
『え?!ちょ、まって、ロナルドくん?!』
「うるせえばーか」
いつもより早足で歩いていくロナルドを、復活したドラルクは小走りで追いかけた。

翌日も、ロナルドの髪はふわふわだった。