日々、誓い

『夢?』
ベッドに座り上体を枕とクッションに預けた俺の上に寝転がりながら、ドラ公は首を傾げた。
「そう。変な夢。嫌な夢ではなかったんだけどよ。なんつーの、存在しない記憶みたいな」
『なんだそれは。何かポンチの能力とかじゃないのか?』
「違うと思うぜ。ああ、でも今日の依頼には関係するかも」
そういえば、と思い出したように言ってからドラ公の方にシーツを引き上げる。完全に俺の上に乗ってるくせに、相変わらず軽いなこいつ。胸の上で頬杖を突くようにして見上げてくる細い身体に腕を回して支えると『どんな夢?』と問われた。
「んー、今日の依頼、学校だっただろ?」
『そうだね。校内に出来た下等吸血鬼の巣の駆除』
「そのせいだと思うんだけどさ。お前と学校通ってた」
『私と?君が?』
「そう。しかもお前、昼間でも大丈夫なの』
『私、吸血鬼なの?』
「多分?そのあたりはよく覚えてねぇんだけど」
『ふうん。それで?君と私はオトモダチだった?』
「友達なんかなぁ。なんか、お前が俺に構いにきてたっぽい」
『ほう?』
「休み時間ごとに来んなよ、って言ってた気がするから、クラスは別なんだろうな」
『へぇ、それで?』
「夢ン中では、なんかお前に勝手に頭にヘアピンつけられて怒ってた」
『ヘアピン』
「外していいよって言われたけど、結局外さなくて帰りまでつけてて、んでお前と一緒に帰ってた。で、目が覚めた」
『なんだその意味が分からない夢は』
「だから変な夢って言っただろ?まぁ夢ってそんなもんだよな」
『でも、夢って願望ともいうよね?』
「願望?学生時代に戻りたいとかって願望はねぇぞ?」
『私ともっと昔に出会いたかったとか』
「ねえな」
『うわ、即答ひどい!』
「つか、俺が学生の時っつってもお前もうおっさんだろうが二百年以上生きてんだから」
『そういう現実的なことを言ってるからモテないんだよ五歳児ルドくん』
俺の上で、ドラ公は首を傾けてどこか楽しそうに言う。確かに夢は願望を表すともいわれているけど、別に俺はこいつと学校に通いたかったとかそういう願望があるわけじゃない。
それに。
「別にもうモテなくてもいいから関係ねぇな」
『そうなの?』
「お前いるじゃん」
言えば、ドラ公は首を傾けたままきょとんとした顔をして、くしゃりと笑う。
「んふふふふふ、そうだねぇ、君は私のものだものねぇ」
満足げに言いながら、身体の上をもぞもぞと上がってきた。ネグリジェがくすぐったい。そのまま顔を近づけてくると、ちゅ、と鼻先にキスされた。
以前ならこんなことされたら悲鳴上げてたと思うけど、流石にもう慣れた。お返しに頬にキスしてやると、んふふ、とくすぐったそうに肩を竦める。
「ああ、でも願望ってならありえるかもな」
『どういうこと?』
「お前と太陽の下を並んで歩けたらいいな、とは思う」
『…………死ぬが?』
「うん。知ってる。だから願望。クソザコ砂おじさんにそんなの無理だからな」
『ムキーーー!なんか君最近性格悪くなってないか?!』
「そう育てたのはお前だろ?……ところで、ドラ公さん?」
『なにかね?』
「さっきから、膝で押すのやめてもらっていいですかね?」
『明日休みだからいいだろう?反応してるくせに』
骨ばった指が俺の鎖骨あたりをなぞって肩に触れる。そして、膝は先ほどからずっと遊ぶように俺のそれを押していた。今日はしないつもりだったのに、なんて思ってはみるが誘われちまったら仕方ない。
先ほど時間を確認したときからそんなに経っていないだろうが、あと一時間くらいで夜明けだろう。だけど、この部屋のカーテンは遮光カーテン。ドラ公はそのあたりも踏まえて誘ってんだろうなと思案する。
「ったく、しかたねぇなぁ」
肩を掴んで身体をひっくりかえし、ドラ公をベッドに押し付ける。
んふふ、と笑ったドラ公の手が伸びてきて、ゆっくりと顔を近づけた。

**********
『お、似合うじゃないか』
「…………何してんだお前」
事務所で原稿をしていたら、上機嫌なドラ公が突然俺の髪を弄りだした。
何だと思いつつも別にいいかとそのままにしていたら、つけられたのは赤いヘアピン。右耳の上のあたりの髪に、赤いヘアピンのバッテンが付けられていた。四十過ぎたおっさんの頭に赤いヘアピンってどうよ?
『ほら、こないだ君言ってただろ。夢の中の私にヘアピンつけられたって』
あれか、と先日の話を思い出す。楽しそうに笑うドラ公の表情に、パソコンから手を放してそちらへ身体を向けた。ドラ公の手を掴んで引っ張ると、大人しく膝の上に座ってくる。
「おっさんの髪にヘアピンなんかつけて楽しいかぁ?」
『いいじゃないか。かわいいよ。ロナルドくん』
「かわいいって言われて喜べる年齢じゃねぇっての。わざわざ買ってきたのか?」
『ジョンと百均行ったら見つけたから思わず』
「ったく。まぁお前が楽しいならいいけど」
『君、私に甘すぎない?』
「好きな奴に甘くて何が悪いんだよ」
『悪くないけど……なんていうか、ここ数年でスパダリ化したのがなんか違和感。真っ赤になって奇声あげてた私のかわいいロナルドくんはどこに』
「流石にこの年になって昔みたいに悲鳴あげたりはしねぇわ。なんだよ。不満かよ」
『いや。私の彼ピかっこいいって思ってるよ』
「彼ピいうな」
『んふふ。いいじゃないか。まぁ今の君も私好みの男だよ。私が育てたんだから』
ちゅ、と鼻先にキスをしてくるドラ公の姿に、ふいに頭をよぎる言葉。
『ロナルドくん?』
黙ってしまった俺を不思議に思ったのか、膝に座ったドラ公は首を傾げた。
その仕草をなんだか少し可愛らしく思いつつ、引き出しからそれを取り出してドラ公の手に乗せた。
手のひらサイズの小さな箱。
『………………私、IQ二億だから分かっちゃうんだけど、これ』
「おう。指輪。結婚しようぜ。ドラ公」
『えー。夜景の見える公園でも、高級レストランでもないけど君的にはこのタイミングでのプロポーズでいいの?』
「それも考えたけどさ。今渡したくなったんだから仕方ねぇだろ」
『計画性ないなぁ。でもなんで今なんだ?』
まぁ確かにそうなるよな、と自分でも思った。でも今だと思ってしまったんだから仕方ない。
出会って約二十年。突然転がり込んできたこいつに恋して約十年。何度も身体を繋げて、好きだと言ってきたけれども、まだプロポーズはしていなかった。
引き出しにしまったこの指輪のことも、ドラ公は知っていただろう。だけど渡せなかったのは俺がどうしても覚悟ができてなかったから。
でも、膝の上で楽しそうに笑うさっきのドラ公の姿を見て、突然『ああ、そうしたい』と思ったんだ。
「あの時さ。お前と太陽の下を並んで歩けたらいいな、って言っただろ?」
『うん。それが?』
「あの後さ、色々考えたんだけど。お前と並んで歩けるならどこでもいいんだって、今思った」
『何を?』
「お前と一生月の下で並んで歩きたいって思った」
その言葉に、ドラ公はパチリと瞬きをした後『えええええ……』と小さな声で呻く。
なんだその蚊の鳴くようなか細い声。
『……………………嘘だぁ』
気の抜けたようなドラ公の声に、思わず小さく吹き出してしまう。
まあそうだよなと再度思う。だって俺はずっと転化については話すのを避けてきてたから。ドラ公もそれについては追及してこなかったし。
俺が死ぬまで一緒にいられるなら、それでいいとお互いに思っていたところはある。
細い身体を一度軽く抱きしめてから、箱を開けると二つ並んだ指輪の細い方を掴んでドラ公の左手の薬指に嵌めこんだ。
「嘘じゃねぇよ。待たせてごめんな。一緒に生きようぜ。ドラ公」
抱きしめて、頬にキスをすれば、再び『んえええええ』と呻くような声。
「まぁ、お前が嫌ってなら諦めるけど」
『……嫌なわけないだろうが馬鹿造。ただ、なんというか』
「なんというか?」
『いつかプロポーズはしてくれるんだろうなとは思ってたけど、転化まで考えてくれてるとは思わなくて、ちょっとびっくりしてる……本当にいいのか?』
「指輪渡してプロポーズして転化するって言ってんのにまだ足りねぇか?なら、一晩かけてじっくりと話してやってもいいけど」
悪戯っぽく笑ってそう言った俺に、ドラ公は一瞬きょとんとした後すぐに意味を理解して顔を赤くし、バシンと俺の胸を叩く。勿論反作用で砂になった。膝の上でうごうごと動く砂は、すぐにまたいつものドラ公の姿に戻り俺に抱き着いてくる。
「で?ドラ公。返事は?」
ポンポンと背中を叩いて問いかけると、抱き着いてくる腕の力が少しだけ強くなった。

『ああもう本当に君って私好みのいい男だな!』
「お前も俺好みのかわいい男だよ」