短いのまとめ

甘えたいドラ→[jump:2]

 

【甘えたい】

「キスして」
そう言ったドラルクの表情が、いつもと少し違ったように見えた。何言ってんだてめえ、といつも通りに殴って砂にしてやっても良かったが、今日は朝からフレンチトーストとオムライスを作り置きされてたし、さっきの夜食もデザートにガトーショコラとかいう美味いのを作られていたし、今日のパトロールはポンチも出なかったし、少し自分も機嫌が良かった。
だから、頬に手を当てて顔を覗き込んでやる。
「何かあったのか?」
「別に。キスして欲しいだけ」
「そっか」
うなづいて、合わせるだけのキスをする。薄い唇は、俺より少しヒヤリとする。
正直心臓バクバクしてたけど、多分バレていない。
離れて、いつもコイツがするように鼻先を擦り合わせてやると「ろなるどくん」と珍しく小さく呼ばれた。
「ん?」
「ごめんね。私が、らしくないな」
「いいんじゃねえの。別に」
「でも」
「なあ、ドラ公」
「うん?」
「キスして」
言えば、ドラルクはパチリと驚いたように瞬きをして俺を見る。
「……俺も、らしくねぇだろ?」
「…ふふ、君はいつも甘えん坊じゃないか。五歳児なんだから」
そう言ってやると、眉を下げてドラルクは笑った。
合わせた唇は、さっきより少しあったかい気がした。

 

 


【夜明け前のこと】

ふと目が覚めた。
真っ暗な部屋の中、ぼんやりとした視界。数回瞬きをしても、夜目がきくわけでもないのでそんなに視界は変わらなかった。
ただ、胸元に感じたひやりとした心地良さに右腕を動かして原因を探す。手のひらにふれたそれは、少し骨ばった肌の感触だった。
ああ、ドラ公だ。
寝る前のことを思い出し、少しだけ体温が上がるものの一度息を吐き出して落ち着ける。手探りでシーツを探して手繰り寄せ、その肌にかけた。
すり、と細い体が胸元に擦り寄ってくる。お前、暑いの苦手っていってんじゃん。夜明け前だけど、もうそこそこ暑いだろ。いつもお前俺の体温高くて暑いって言うじゃん。
そんな、猫みたいに擦り寄ってくんなよ。
少しだけ離れようと体を動かすと「ん…」とドラ公が声を漏らす。
「……、なる、どくん…」
細い指が縋るように俺の腕をゆるく掴んだ。

「はなれちゃ…、やだ…」

 

朝まで唇を噛んで耐えた俺を褒めて欲しい。

 

 


【言葉の中の下心の話】

「…んま…」
もごもごと口を動かし、咀嚼の途中で呟かれた言葉に思わず口端が上がる。
既に先に食事を済ませた使い魔の頭を指で撫でながら、表情だけで感情を伝えてくる暴力ゴリラは正に五歳児。バクバクとスプーンにオムライスを掬い口に運ぶ姿に、畏怖とはまた違う満足感を感じる。
「君は本当にそれが好きだな」
「む?…それって、オムライスか?」
「そう。オムライス、唐揚げ、バナナフリッター、チョコバナナが好きだよね、君」
「まあ、そうだけど…なんか悪いのかよ」
むう、と口をとがらせて居心地悪そうに眉を顰める。ああ、勿体ない。綺麗な顔が歪んでいる。まあでもそういう顔させるのも楽しいのだけれども。
「悪いとは言っていないだろう。私がうなじの綺麗なお嬢さんの血を好むように、君はそれが好きというだけだ」
いつもなら煽ってからかうところだが、今はどちらかと言えば先程のような顔が見たい。
「んー、まあ確かにオムライスも唐揚げも好きだけど」
「なんだね?」
最後の一口を大口開けて平らげると、パチンと手を合わせて「ごちそうさま」と挨拶し、ロナルドくんはジョンに手を伸ばすと指で顎下を撫でて笑う。

「クソ砂の飯、美味いもんなぁ。ジョン」

 

 


【ある種の原稿ハイ】

キッチンで夜食をつくっていたら、突然事務所から若造がバタン!と大きな音を立てて扉を開けて入ってきた。
「おお?!なんだ?ロナルドくん?!」
若干耳を砂にしながらそちらを向けば、ロナルドくんがこちらをじっと見つめている。そしてそのままズカズカと何も言わずに近づいてきた。
「?!え?!なに?!怖い、え?!」
がしっと肩を掴まれて、木べらを持った指が砂になるところだったが、砂inポテトサラダはだめだとなんとか耐えた。
みれば目の前のロナルドくんの顔が少しだけ赤い。
「…ロナ」

ちゅ。

「……よし!」
頬にキスをして、ロナルドくんは満足そうに呟くと手を離して再び事務所に戻っていく。
「………はぁぁぁぁぁ?!?!なんだあいつなんだあいつなんだあいつううううう!!」
しゃがみこみ、頭をかかえる。
「かっわいいことするんじゃないよおおおおおお!!」
「ヌー…」

夜食は一品増やすことにした。

 

 


【誤解していた話(死ネタ)】

 

ねえ、ロナルドくん。

君が「昼の子」で良かったと私は思っているんだ。
私と違って、夜に生きる子じゃなくて。
だって、だから私たちは出会えたんだし、一緒にいられたんだと思う。
私にとって、私の世界の昼は君だったんだよ。
暴力的で、泣き虫で、優しくて、お人好しで、愛しくて、五歳児で、私を愛してくれた君。
ねえ、私も愛しているよ。
手を繋いだ日を覚えてる。
好きだと言われた日を覚えてる。
キスする時に少しだけ震えてた唇が、いつしか震えなくなった日を覚えてる。
肌を合わせた日を覚えてる。
そして、君がそれを決めた日を覚えてる。
私は、笑ったよね。
いいよそれで、って。
君も、笑ったよね。
よかった、って。

でもね、ロナルドくん。

君は、私の「いいよ」を多分誤解していたんだ。
それは分かっていたけど、あえて私は何も言わなかったんだ。
卑怯でごめんね。

だから、私は今日も眠るよ。

 

「俺は吸血鬼にはならねぇよ」
「そっかぁ。うん、いいよそれで」
「いいのか?」
「君の命は君のものだし」
「そっか、よかった」

 

だって、君の棺桶の中で、骨になった君の隣で私がねむればいいんだもの。
ずっと。

 

 


【眠れない夜の話】

いつもとは違い、予備室のマットレスの上で俺は寝ていた。正確には寝転がっていただけだが。
ゲームをしたいというドラ公とジョンに今日は混じらず、寝るといって予備室に来てから恐らく4時間ほど経っている。
目を閉じてはいたが眠れずにいた夜明け近く。いつもなら棺桶で寝るドラ公が予備室にきた。
「眠れないの?」
そう言って、ドラ公は俺の髪を指先で撫でる。
触れられるのは嫌じゃなかったから、そのままにさせた。
「…なんだよ」
目は開けないまま答える。
「私も今日はここで寝ようと思って」
「ふぅん。そうかよ」
寝返りを打って、マットレスの半分を空ける。
シーツの衣擦れの音がして、隣にドラ公が寝転がったのがわかった。
予備室のカーテンは遮光カーテンになっている。だから夜が明けたとしてもドラ公が死ぬことは無い。そもそも遮光カーテンも、予備室も、そういうことをする時にしか2人で使ったりするだけで。
だけど、今日はそうじゃなかった。
一人になれば眠れるだろうと思ってきたのに、眠れなかった。原因は分からない。昔から時々あった。最近はほとんど無くなったのに。
「ロナルドくん」
「んー」
ドラ公が背中に触れた。この部屋でお互いに触れるのはそういう合図だったりするけど、今日はそんな気分にはなれない。
「…ドラ公、おれ」
「うん。分かってる。今日はそんな気分じゃないんだろう」
「…悪い…」
「ふふ、何で謝る。それに、違うよ、ロナルドくん」
背中にコツンとドラ公の額が当たる感触。
「眠れない原因は?」
「わかんね…」
「そうか。以前もあった?」
「お前が、来る前は」
「私が来てからは、ない?」
「うん」
「一人で寝たい?」
「……どっちでもいい…」
「そっか…このまま触っててもいい?」
「…うん」
「ありがとう」
しばらくそのまま黙り込んでいれば、背中から寝息が聞こえてきた。起こさないようにもぞもぞと動いてドラ公の方へと向き直る。
「…棺桶で寝ろよ…」
細っこいガリガリの身体を抱きしめて。目を伏せた。
多分眠れないのは変わりないし、あと一時間くらいしたら起きて原稿を進めないとなと考えつつ。
すう…と息を吸い込んだ時に香った線香みたいな香りが、眠れるまではいかなかったけれども、少しだけ脳みそん中の霧みたいなもんを晴らしてくれた気がした。

原稿して、夜になったら退治に出かけて、飯を食って、風呂に入って、その後にっぴきで寝られたらいいなと。
そう願った。